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映画はなぜ長らく24コマだったのか考えてみる。

James_Cameron_48fps.jpg

3Dでの頭痛を解消 アバター2&3の映像はもっとすごいことになる! ジェームズ・キャメロン監督、映像革命を宣言

ジェームズ・キャメロン監督が、アバターの次回作を48コマ、もしくはそれ以上で撮影すると発表しました。
このニュースは各地で話題になっているようで、それだけ注目度の高いニュースなのだと思います。
映画=24コマという、長らくの映画史を変えてしまうほどの大ニュースではないでしょうか。
しかし映画=24コマという常識は、誰がいつ決めたのでしょうか?疑問ですよね。
それで今回、映画と24コマの関係について、ちょっと考えてみました。






■そもそも何故映画は24fpsなのだろうか?
cinematographe2.jpg

そもそも映画は何で24コマなんだろうというところから振り返ってみました。
ちなみにfpsとは、フレーム・パー・セコンドの略で、フレーム/秒という意味です。一応。
初期の無声映画などは16コマで撮影されていましたが、それがいつの間にか24コマに。
無声映画が16コマだったのは、16コマが動画として見られる限界であったからだそう。

無声映画からトーキーになって、音声トラックがフィルム端に付くようになりましたね。
16コマだと音がギクシャクしてしまうため、コマ数を上げる必要があったためだそうです。
どうやらフィルムが低速度だと高音部が出ないようです。
わかりやすい例えですと、磨りガラスをゆーっくり擦ると「ギィー」ですが、素早く擦ると「キィー」。
これと同じことのようです。


しかし音質向上なら60fpsにでも上げればいい気がしますよね。ついでに映像もなめらかになります。
しかしコマ数を上げるということは、映画製作者に多くの問題をもたらします。
コマ数を上げたときの問題点をいくつか挙げてみます。

  • 多くフィルムを回すことになるので、フィルムコストが上がる。
  • シャッタースピードもあがるため露出が暗くなり、露出補正が必要。
  • モーターの駆動音がうるさくなり、同時録音する際、カメラノイズが入り易くなる。

このように、コマ数を上げればいいというワケではなく、同時に現実的な問題を対処する必要がありました。
なるべくコマ数は上げたくない、ただ、なるべく音は良くしたい、なめらかな映像にしたい。
これらの中庸をとって、24コマという規格が生まれたのではないでしょうか。
フレームレートを下げられるギリギリまで攻めぎ合い、24コマになったと。





■24fpsが未だに残っているのは何故か?
sony-sxrd-4k-srx-t420.jpg

このように映画=24コマという規格が生まれました。
映画=24コマというのは現代まで受け継がれており、未だに24コマで映写するのが常識です。
しかし疑問なのは、なぜデジタルで24コマ上映をするかということです。
フィルム上映の場合、もし仮に30コマで撮影&上映しようとしても、撮影機は30コマで撮影できたとして、映写機は恐らく改造しない限り30コマで上映できないです。
しかしDLPのデジタル上映でしたら、映写機のファームウェアアップデートでもしたらコマ数を上げての上映も可能になるでしょう。
映画業界はなぜそこまで24という数字にこだわるのでしょうか?

それは、刷り込みという言葉が説明してくれるのではないかと思います。





■映画=24コマという刷り込み
wasesyogekijonai.jpg

よくわからないですが、とりあえず24コマで撮ると映画っぽくなるんですよね。
僕は高校時代から映像制作を始めましたが、当時使ってたカメラはソニーのハンディカム。
当然24コマで撮影する機能なんてありません。
なんでこんなにテレビっぽい絵しか撮れないんだろうと悩まされた覚えがあります。

その後少々映像技術を研究し、どうやら「24コマで撮ればそれっぽくなる」ようだと知りました。
で、大学入学後すぐに24p撮影が可能なDVX-100Aを購入。
確かにDVXで24コマで撮影した映像は確かに映画っぽくなりました。


もう一つ例を。最近、「倍速表示」とかいう液晶テレビやプラズマテレビが家電量販店に並んでいます。
擬似的にコマ数を増やし、映画をデモ展示していますが、ヌルヌル動いて違和感があるんですよ。
どうも映画素材を倍速パネルで見ると、映像が急に現実味を帯びて冷めるというか…なんと言うか…
しかしこれはなぜか?24コマってのは魔法なのか?



それは映画=24コマと我々が刷り込まれているからではないかと考えます。
24コマが「映画っぽく」感じるのは、映画を24コマでしか見ていなからではないでしょうか。


鳥類の刷り込みは有名ですね。ヒナの時代に人間が飼育したら、人間を親と認識しちゃうアレです。
映画でもその現象が起きているのでは、という仮説です。
無意識のうちに映画は24コマという、テレビの30コマでは決して感じることのない、少々ぎこちない映像により綴られることにより、我々は「ああ、映画だ。」という安心感を得ているのではないかということです。
もし、仮に映画のコマ数の規格が16コマのままであったら、16コマの状態が「映画っぽく」感じていて、24コマの状態は「違和感を覚える」ようなものになっていたのではないでしょうか。
24コマという安心感」を得るため、今でも24コマ=映画という前提が崩れないんであろうと思います。





■アバターの次回作の48fpsで何が変わるか
img_876532_57299261_0.jpg

ここで話を最初に戻します。アバターの48fpsのお話です。
アバターの第一作は3D映画で、従来の映画と同じように24コマで撮影されました。
しかし、3Dは24コマを「違和感」としてしまうという本末転倒な結果になってしまいました。
3Dにより、映画への没入感満点であるのに、24コマが「映画らしさの安心感」とならず仇とななってしまい、ミョーなカクカク感により気分が悪くなる人が出てしまったりしたということです。

アバターの3D処理は綺麗で、特に気持ち悪くなったりはしなかったのですが、少々カクついてるのは認識できて、もしかすると、それが「映画と観客とが距離を感じるという構図」になっているかも、というのはアバターを見て思いました。
確かに、3Dへの没入感にも関わらず、その「映画と観客の距離」がファクターとなり、違和感を感じる人もいてもおかしくないです。


そこでキャメロン監督は次回作は48コマで撮ろうということですね。
3Dにおいては24コマを捨てたことは正解かもしれない。
映画って映画を見る人が距離感を感じたらそこで負けなんだと思います。
カメラワークでよくいうのが、「観客が『いい絵だね』と言ったら物語に没入していない証拠だからカメラワーク的には失敗」ということ。
技術を改善して、没入感をさらに極められるなら、魔法の24コマにこだわる必要もないんでしょう。
さらに、キャメロン監督は48~60fpsで撮影すると言っています。
劇中でフレームレートが変わるということなのでしょうか?
これも新たな映像表現の一つとなるのでしょうか。

48コマという映像は、今まで体験したことないのでわからないですが、新たな映像表現として期待して、ワクワクして待っているしかないでしょう。

ただ今後、2D映画においても24コマ以上が採用されることはないとは言えないですよね。
それが一般化したら、未来人には24コマが「古くさいもの」として認識されるかもしれません。
映画の歴史が始まって120年足らず。まだまだ黎明期なんだと思います。
映画の技術は、変化がゆるやかなだけで意外と流動的なものなのかもしれない。






余談ですが、アバターの新作をどのカメラで撮るのか気になります。
アバターの一作目で使ったカメラは、Sony HDC-F950の改造品だそうです。
F950は最大60p撮影ができて、RGB4:4:4収録も可能と申し分ないカメラなのですが、ちょっと古いカメラ
発売から7~8年くらい経ってると思います。新しいカメラに変えるのでは?と個人的に感じます。

Redone?
ALEXA?
F35?
それともSONYが現在開発中のSuper35サイズの受光部を備えた4Kカメラ?


キャメロン監督は毎回新技術を投入してくるので機材大好きな僕は尊敬する監督の一人です。
2Dから変換して公開されるという「タイタニック3D」も、実は地味に楽しみだったりします…



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プロフィール

根本ヒサシ

Author:根本ヒサシ

映像技術を勉強中の学生。
日本大学芸術学部の映画学科在籍。
コツコツとチマチマとやっています。

詳細なプロフィールはこちら

学生ドキュメンタリ映画
『911の子どもたちへ』 撮影
http://911children.com/


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